【前編】お互いの「その人の世界」に降り立ち、新しい世界と接点を持つためにできること
上田市で障害のある人のための福祉施設を運営するNPO法人リベルテと、長野県に学びの関係人口を増やすために活動しているLearn by Creation NAGANOが、「障害のある人×生涯学習」をテーマに、さまざまな事例や活動を持ち寄るシンポジウムを開催しました。当日の模様をレポートします。
交流ワークショップ:「障害のある人とともに体験する街歩き」
ファシリテーター:最越あると(リベルテ)、MORO(リベルテ)、リベルテスタッフ、伊藤茶色(犀の角)
ルート:いつかの行きつけ&下的セーフティネット(犀の角〜袋町〜犀の角)

その人の持つ文脈とともに街を歩く
春から冬に逆戻りした土曜日、上田市の劇場兼ゲストハウス「犀の角」に30名ほどが集まりました。2023年にリベルテの文化事業「路地の歩き」で制作した「リベルテと世界を結ぶ街歩き」を体験してもらう交流ワークショップです。今回はリベルテのメンバーから5名が参加し、スタッフとともに上田の街へ参加者をいざないます。


リベルテメンバーの最越あるとさんの解説、MOROさんの注意点の説明、そしてAiKAさんのポエムの朗読を経て、20名を超す参加者は、リベルテのメンバーがつくったロゼッタや帽子を身に着け、竹や紙でできた楽器を手にして、街へ繰り出します。
たまたま隣り合った参加者同士で、「ポエムすごく素敵でした」「少し暖かくなったね」といった会話が自然に生まれていました。「スナック赤い靴」の看板を見つけたAiKAさんが「ここは私の行きつけ! カラオケに行くの」と教えてくれます。「喫茶 故郷(ふるさと)」はリベルテメンバー石合さんの高校時代の行きつけ。中華料理の「日昌亭」の前で上田名物・あんかけ焼きそばについて話すと「お昼に行こうかな」と言う参加者も。最越さんの「下的セーフティネット」ルートで発見した歓楽街・袋町の奥にある公衆トイレを回り、犀の角に戻ります。

床に置いた地図に、参加者がそれぞれの発見を旗に書いて刺していきます。伊藤さんが参加者全員に感想を尋ね、それぞれの視点が共有されていくことで、体験がより広く深くなっていく実感がありました。最後はAiKAさんの即興ポエムの朗読で終わりました。
第1部:事例紹介「東北での障害者支援×生涯学習の取り組み+リベルテの紹介から」

働くの対義語は孤立
午後は3時間を超えるシンポジウムと座談会です
第1部は3つの事例紹介で、まずは仙台市での障害のある人の生涯学習の取り組み「スウプノアカデミア」について、企画から参加した当事者の阿達さんと、中間支援団体の伊藤さんが紹介します。阿達さんは「ボウリングとコーヒーと。」というイベントを企画した感想を、「ストライクが何個か取れて楽しかったです。今度は松島海岸と映画館に行きたいです」と笑顔で話していました。
2つ目の事例は、「素敵に生きて素敵にはたらく」を目指して障害のある人もない人も学び合う取り組みを、宮城県山元町の田口さんが紹介します。「こう・ふく」アトリエや、東日本大震災からの復興の壁画デザイン、障害のある人の学びの場「やまもとこぐまサロン」など驚くほど多彩な取り組みに、ポラリスの太陽のようなエネルギーを感じました。震災からの復興と障害のある人の支援、地域づくりが掛け合わさり、“くねくねと遠回り”しながら行政や町民とつながってきました。「小さな町でこれだけ多彩な活動ができることに感動しました」と森さんが感想を伝えます。
3つ目は武捨さんとメンバーの最越あるとさんがリベルテでの取り組みについて話します。リベルテ内では「ゲームの会」「ジョニーズ・カフェ」「はたらくについて話してみませんか?」といった活動がメンバー起点で盛んに行われています。「はたらくについて~」では、「働くの対義語」をゲストの哲学者がメンバーに尋ねたところ「孤立」という言葉が返ってきたそうです。「ゲームの会」「もみもみの会」会長であり、ふだんはスタッフやメンバーの相談役になることも多い最越さんは、一昨年の街歩きの制作の経緯と、後日談を話してくれました。



障害がある人生経験を捉え直す
事例紹介を受けて、森さんのファシリテートでクロストークへ続きます。人口100万人都市の仙台、1万1000人の山元町、そして15万人の上田市と、自治体の規模が異なることに森さんが注目します。
「小さい町だからできないとは言いたくないんですよね。山元町は震災で、“素敵に生きて素敵にはたらく”の真逆である挫折を体験しました。その時に、挫折を経験している大先輩は障害を持っている人たちだと気づいたんです。かなりの人生経験者である彼ら・彼女らと一緒に復興に参加したら、諦めムードだった地域の人の意識が変わるんじゃないかという大それたことを考えて、学びという手法を使いました」(田口さん)。
武捨さんは、2024年夏にポラリスを訪ねる際、これが人生初の長距離旅行というメンバーがいたことに触れます。「そのことを『ともにできる経験』と捉えると、取り組み直し、経験し直しになります。そういうことがリベルテの日常には多くて、その人の見ている世界や経験から自分の前提を捉え直す可能性を感じています」。
伊藤さんは、仙台市の行政職員の言葉を引用します。「東日本大震災からの学びとして、障害のある人と地域の関わりが薄いこと、合理的配慮は災害時によりハードルが高くなることを思い知った。そこで、ふだんから生涯学習を通して地域の人とつながっていることが大事だと感じた、と言っていました」。
図書館の立場で生涯学習に関わってきた森さんは、「福祉から学びへは、がんばって越境しないと接続しない距離を感じていました。でも、その境界は人間が勝手に引いているだけなのかもしれません」と、率直な感想を伝えました。
その人の世界に降り立つ
今回、阿達さんが長野県に来るにあたって、いろんな人が協力したというエピソードも明かされました。阿達さんの日常をサポートしているグループホームの世話人、相談支援の人、勤務先の同僚、弁護士と連携したのはこれが初めてだったそうです。「阿達さんの同僚は、阿達さんがスウプノアカデミアに来ていることを今回初めて知って、すごく喜んでくれました。私も阿達さんの同僚の方と話すのは初めてで、阿達さんのおかげでいろんなつながりができました」(伊藤さん)。
森さんは最越さんの下的セーフティネットに触れて、「トイレに行きたいという自然な欲求が社会を動かすかもしれないことにワクワクしました。どうしたらこの仕組みが広がっていくと思いますか?」と問いを投げかけます。「下的セーフティネットのようなトイレに関する取り組みは、横須賀市などすでにやっている自治体はあるそうです。そういうものがヒントになるかもしれないし、誰かがつくってしまえば広がっていくんじゃないかと思います」と、最越さんが街歩きから広がる展望を語ってくれました。
最後、これまで紹介されてきた取り組みをどう広げていくかについて、武捨さんが答えました。
「出会った人と面白がりながら連続していくといいなと思います。リベルテでは『その人の世界に降り立つ』という言葉を使うんですけど、その視点を持つことで、大きな枠組みの中で見えていることがまったく違って見えてきます。僕たちは行政の人とやることは少ないので、これからは自分たちの文化事業に行政の人も入ってもらったり、行政主催のイベントに僕たちがコーディネーターとして入ったりできるといいですね」。
第2部:パネルディスカッション「ともに生きることと表現の現場から学びを見つめる」

上田で展開されている3つの活動
第2部は、上田市内で展開されている3つの活動のパネルディスカッションを行いました。
犀の角で子どもを対象に“やりたいことをやる、やりたくないことはやらなくていい”「うえだイロイロ倶楽部」について村上さんが紹介します。「大人はいるけど先生はいない」場であることを大事にして、教える/教えられるの関係ではない、子どもがやりたいことに大人が伴走していくスタイルだからこその、思いがけない展開が広がっていました。
「学校に行きづらい日は映画館へ行こう!」を合言葉に月2回、平日の居場所として活動している「うえだ子どもシネマクラブ」の活動を直井さんが紹介します。約230名の登録者とともに、休館日を利用した上映会、「映画の学校」などのワークショップ、そして映画館で手伝いをしながら過ごす平日シネマクラブを展開しています。学びでもあり娯楽でもあり感性に響く映画の特性を反映した、当事者のニードに合わせた多彩な活動が生まれています。
最後は、犀の角とNPO法人場作りネットが協働して運営している街の駆け込み場「やどかりハウス」について、秋山さんが話します。やどかりハウスに決まった拠点はなく、しいて言うなら「関わる人の中にある」のが特徴。支援者と被支援者という従来の支援の枠組みに固定されない“助かり合い”が、関わる人の間で自然発生的に生まれる様子を、「誰でも書き込める戯曲のよう」と秋山さんは表現します。
いずれもコロナ下にスタートしており、藤原さんからコロナ禍との関わりが言及されました。イロイロ倶楽部とシネマクラブは偶然時期が重なってのスタートでしたが、やどかりハウスはコロナ禍で困難を抱えた女性や若者がより追い詰められたことから生まれました。「コロナ禍でもつながっていないと人は生きていけないことを確かめながらやっていました」(秋山さん)。



「学び」に囲うことでこぼれ落ちるもの
「そもそも学びとは何か?」についても、興味深い議論が生まれました。イロイロ倶楽部を「○○したい、を起点にみんなで実現に近づけていくのは、演劇のクリエーションと同じだと感じます」と表現する村上さんに、藤原さんが「そもそものところから考え直せる良さがクリエーションの現場にはあります」と応答します。実際に村上さんは、工作をやりたいという子どもの話をよくよく聞いてみると武器で戦うことがいちばんやりたいことだった、演劇をやりたいという時の演劇も一般的な演劇ではなく「この人たちがやりたい演劇」がある、という気づきがあったそうです。
さらに、「学びという言葉に、学校で教科書を開く、教えられるという狭いイメージを持っていました。このディスカッションで、挑戦したり新しい世界に出会ったりすることが学びなのかなと思い直しました。それを表現する言葉を発見したいですね」と、村上さんから学びの本質に触れる発言が出ると、登壇者全員がうなずきます。
「よくなると思っているけどよくならない世界でどう生きて行ったらいいか、そして“自分と自分の距離感”をつかんでいくプロセスが学びで、そこをつかむのに身体の感覚がすごく大事なんじゃないかな」と直井さんがさらに違う角度から深めました。
「犀の角が拠点のひとつであることで、やどかりハウスで起きていることは必ず誰かが見ています。その眼差しがあると、話す人も聞く人も関係性が変わる感覚があります」という秋山さんの話は、見てくれている第三者の存在が、関係性を駆動させる大切なピースであることを教えてくれます。
藤原さんが「3人ともやっていることは共通していますね。それぞれの活動を社会に渡していく時、学びと言う言葉を使ったほうがいい場合もあるけれど、それだけじゃない。そんな風に感じました」と締めくくりました。
後編では、第3部のオープンディスカッションの様子をお伝えします。
後編はこちら → 【後編】お互いの「その人の世界」に降り立ち、新しい世界と接点を持つためにできること | NPO法人リベルテ https://npo-liberte.org/blog/2683/
取材・文/くりもときょうこ(wandervogel)